ゲスの経典

日本ゲスリック教会の経典。

捕らぬ狸の皮算用

主は貧しい仕事に就いておられた。

自分で自分に自信があったので、そのような立場にいることが大いに不満であった。

自尊心を傷つけられたような気持ちになって、酒におぼれることもしばしばであった。

そこでもっと社会的地位が高く、より所得の高い仕事に転職することを常に考えていた。

しかしいくら考えても現在の状況から抜け出すアイデアは生まれてこない。

そこで主はまず「自己啓発本」なるものを読んでみることにした。

そのことにより、自分の意識が変わり、金持ちになるための基礎的なマインドが出来ると考えた。

しかし読んでみても、ならば具体的にどうすればいいのかということが、実際に見えてきたわけではなかった。

ただそれは単に時間の問題で、自己啓発の済んだ自分には将来金持ちになるのは間違いないことなのだ、と思われた。

そこで主は将来金持ちになった後のことについて、いろいろと妄想を始めた。

お金を「一日で使い切る」事を条件に、いきなり一億円渡されたとして、それを果たして「一日で使い切る」事なんてできるのだろうか。ペヤングの「超大盛やきそばマヨネーズMAX」240円で満足していた自分が、いきなり寿司屋にでも行って大トロをたらふく食べるか?それでも一億円なんて使えるか?ガストでドリンクバーだけ頼んで、コンセント付きの席でネットをやっていれば楽しかった自分が、どこでどうやれば一億円なんて使える?車をダイハツのミライースからトヨタのレクサスにでも替えるか?日本の狭い道路では軽自動車の方が快適に運転できるのに、それを捨てるのか?考えられない。

とすると、お金というものは案外稼ぐよりも使う方が難しいものなのかもしれない。下手にお金持ちになりすぎるというのも、考え物かもしれないぞ。

などと思い至って悦に入ったかと思えば、後に考えたのは次のようなことである。

お金持ちになるのは結構だけれども、世の中の金持ちたちはどこでどのように女性と出会うのだろう。アイドルや女優とどこでどうやって知り合うのだろう。案外、そういう女性たちも出会い系サイトとか使っていたりするのだろうか。わからないのは検索の仕方が悪いのだろうか。「女優志望」とか、「元女優」あるいは、「元AV」、「元キャバ嬢」……………………とかで検索したらどうなるのだろうか。そう思って、実際にアプリをスマホにダウンロードして検索して試してみたりした。

もちろん具体的な稼ぎ方が見えているわけでもなかったので、それでだからどうするでもなかった。

やるだけやって、己の行動の下らなさに思い至った主は、次に以下のようなことを考えた。

私が金持ちになったら、もう働きたくなんかないと思うようになるだろう。そうしたら、毎日が休日のようなものになってしまう。富士五湖までドライブに行って帰ってきても六時間くらいしか経ってなかったことがあるが、暇な時ほど時間というものは絶望的に長く感じてしまうものだ。そんな時間を持て余して、酒を朝から飲んだりするようになったらどうする?朝から晩まで酒ばかり飲んで、飲んだくれて、肝臓を壊して、自分は野垂れ死にでもするのではないのか?だとしたら、金持ちになってもある程度は仕事をしていた方がいいのかもしれない。しかしそれで他人に自分だけ金持ちであることがバレたらどうする?自分は理性では隠すべきだと思っていても、秘密をひけらかして優越感に浸りたいという欲求に勝てないかもしれない。自分が金持ちであると周囲に吹聴して回る人間がどういう運命を辿るか、知らない私ではない。金持ちになったところで、泥棒に財産を奪われて家族もろとも惨殺されるような死に方をしたいのか?

主は己の妄想が恐ろしい結末に辿り着いたことで、ようやく以下のような結論に思い至るようになられた。

 

私がこれまで、まだ金持ちにもなっていないのに考えてきたことは時間の無駄である。そのようなことを考えた時間の分だけ、実際に金持ちになるのは遅くなっていく。必要なのはまず行動することである。具体的にどうするか、思考することから逃げないことである。

 

主はそのようなことをまるで神聖な悟りででもあることのように考えられ、再び悦に入るのであった。